わたしのみち

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おもうこと、ひびのことあれこれ

私の知らない祖父

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先日、子供部屋の模様替えをしました。

本棚3本、学習机1台を中身出して動かして中身入れてをしていると、

背中の筋を痛めました。深呼吸が響くw

 

その翌日、クローゼットの片づけをして、筋肉痛の部位が増えたので、

少しヨガで痛いところを伸ばしていたら、

違うところに筋肉痛が出ましたw

内腿、裏腿が痛いです。ガニ股で歩いているしゅうです。

ごきげんよう。

 

そんな痛ましい体になってしまった私ですが、

クローゼットの片づけでお宝に巡り合いました。

祖父の若かりし頃の写真です。

 

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大正の終わり生まれの祖父でした。

なかなかのハイカラさんだったかもしれない写真がたくさんあります。

我が祖父ながら「え~!おじいちゃんイケメンやん!!」と思いました。


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尋常小学校の卒業証書までありました。

昔、自宅に掲げていた日の丸旗も出てきました。

海部総理の時代に頂いた、強制抑留への慰労の賞状(無題だから感謝状でもない)や、

銀杯も出てきました。

 

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恥ずかしながら、祖父が抑留されていたことを私は知りませんでした。

若い頃は競輪選手だったと聞いていたくらい。

毎朝、茶粥に冷ご飯を合わせて梅干し一粒と食べていた祖父。

いつも穏やかで声を荒げることなどありませんでした。

羽振りの良かったころの話はぽつぽつ聞いたことはあったけど、

戦争へ行った話も聞かせてもらいたかったな。

話したくなかったのかな・・・。

もっと色々私から話しかければよかったな・・・。

 

祖父も父ももう亡くなっていますが、

時々帰ってきてくれないかなと思うことがあります。

色々話したいんだよ・・・。

 
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祖父は、祖母が亡くなった夜におかしくなりました。

お通夜の会場の座敷に雑魚寝はかわいそうで、私が自宅に連れ帰ったところ、

「おばあちゃん迎えに行かなあかんから行ってくる」と車のカギを手にしました。

「どこいくつもり!?」と聞くと、

「ダイエーに買い物行ってるから」と。

 

当時20代前半だった私はどうしていいかわからず、

会場に電話して「誰か帰ってきて!」と乞い、

泣きながら祖父の手を握るしかありませんでした。

 

連休にはお墓参りに行ってお話してこようかな。

一方通行なんだけどね。

 
 
 
ARIGATO☆