わたしのみち

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可能性は誰にでもある~「ビリギャル」は迷ってる子に見てほしいし架純ちゃんはかわいいし

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ずっと見たかった「ビリギャル」をやっと見ることができました。

少し感想を書かせていただきます。

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公開は2015年GWでした。Blu-rayなども2015年11月に発売されています。

ストーリーはご存じでしょう。

成績学年ビリの高校2年の女の子が、超難関の慶応義塾大学に合格するというもの。

普通なら無理でしょ?というより、眼中に入らないし志望校にしないと思います。

でもこれはフィクションではなく原作があり実在の人物がいます。

彼女が高い目標を持って指導してくれる塾講師に出会えたのは奇跡かもしれないし、

みなが成し遂げられることではないと思います。

しかし、彼女自身が打ち勝つ力を持っていたからこそ実ったんだなと感じます。

 

まず・・・有村架純ちゃんカワイイ♡

公開前から金髪の架純ちゃんが話題でしたが、

金髪も黒髪もかわいい子は何してもかわいいわ!

女子高生のキャピキャピ(死語?)感じがもう微笑ましくて。

年を取った証拠かな(笑)

 

 

手の届くところに目標をおく

例えば学校の進路指導であったり、自分自身が将来を考えるとき、

今現在の自分から完全に手の届かないところに目標をおくのは難しいし、

無理においたとしても、それを目指し続けるのは精神的に苦しいと思っていました。

「志高く」なんて言っても一足飛びに上手くいくとは思えないし、

手の届く範囲の目標を達成することで、

少しづつ先に手を伸ばしていけるんじゃないかと思います。

なので「ビリギャル」のストーリーはとても例外的なもので、

誰もがそう出来るものではないと思います。

 

でも、手の届かない目標でも手の届く範囲の目標でも、

「あきらめない」ということは大切。

本からでもいい、TVや映画からでもいい、アニメや漫画からでもいい、

何の影響や知識の蓄えでもいいから自分の伸びしろを自分で固定してしまわず、

可能性を求め続けることって大切だなと感じました。

 

これって大人になるほど解放できない思いであったりしますよね。

仕事に就いてるけど、全く別分野の資格にチャレンジしたいと思ってはみるものの、

時間的な制約や疲れから手を付けられないとあきらめてしまったり。

趣味をもっと深めたい、極めたいと思っていても、

金銭的な問題や家庭生活に必ずしも必要でないものだからと立ち止まったり。

これらはただの自分に都合よい「あきらめの理由」であって、

進まない理由としてはカッコいいものではありません。

あれもしたい、これもしたいとたくさんのことに取り組むのは難しいけど、

その中の何か一つ、自分の可能性を信じて邁進するには、

年齢は関係ないんだよなと思ったんです。

何か一つを目指すために他をあきらめることはカッコ悪いと思わないし、

その一つをとことん追求してみたいと感じました。

 

家族は変われる

映画でのお母さんはただただ我が子の頑張りを信じて支え、

父親や高校教師の娘に向ける「クズ」というひどい言葉に立ち向かっています。

父親は長男(第二子)に対し、

自分の夢でもあった野球に打ち込める環境作りに力を注ぎます。

長女・次女に向ける教育や子育てのそれとは雲泥の差です。

自分(父親)の認める道を進んでいけてない子には、あきらめというより、

この子(長男)さえ我が家の希望として光輝いてくれればという感じに見えます。

 

父親に認めてもらえなくて、愛情も感じられなくて、反抗心が芽生えて育っていく。

だから父親も子供への思い入れが更に偏っていく。

親は大人だから何があっても子への愛情に偏りを持ってはいけない?

子供の内面を理解して認める寛容さがなくてはいけない?

でも物語では最大限の愛情を注いできたはずの長男でさえ、

父親からの期待にプレッシャーを感じ、野球から離れてしまいます。

それにいらだちを募らせる父親は本当に子供の内面を見ていなかったのでしょうか?

 

これは私は母性と父性の違いだと思います。

子供に頑張って欲しい、苦難を乗り越えて欲しいと願うのは同じでも、

支え方や期待のかけ方は違うんだろうなと思います。

あくまでも私の考えですが、

母性は包み込み、父性は苦難に立ち向かわせるんじゃないかな?

母性は縁の下の力持ちになろうとし、父性は指導者としていばらの道を教える。

ただ大人は未熟であってはいけないということはないと思うので、

示し方の違いで子の支えになっていないように見えることもあるでしょう。

未熟な親と未熟な子ですれ違いを上手く解消できないこともあるでしょうね。

 

子供には子供の考えや個性があるんだから親の期待通りにはいかないのはわかります。

その期待と子供の考えが合致していればすれ違いもないんでしょうが、

なかなかそう上手くはいかないでしょう。

親子の気持ちがすれ違う時期というのは男女の違いで年齢差はあれど、

少なからずあると思います。

そのすれ違いは期待した道を進んでいるとか、

子供自身の目標達成とか成功によって解消されるのではなく、

未熟なお互いがすれ違いながらもお互いをよく見ているからこそ、

認め合えるようになるのかと思います。

お互いがすれ違いの中でも成長するから、

親の未熟さや弱みも理解でき、子供なりの親とは違う考えも認められるのかな。

 

私自身が親になって思うと、大人と言えど子供に対する姿勢は未熟です。

感情むき出しになることもあるし、振り回しているかもしれない。

私が両親から得た愛情や完全なる信頼感は、成長したからこそわかるのであって、

子供のころはそれが当然だくらいに思っていたかもしれません。

たまに見せる両親の感情に反抗心をもったのは、

大人の未熟さを理解できない子供の私も未熟だったということでしょう。

今の親としての未熟さを我が子が見て、

「お母さんもまだ未熟なんだろう」と考えるなんて想像もできないし、

この先反抗期を越えてお互いが成長したときに、

また違う形の家族があるんだろうなと思います。

 

私はこの映画を子供と見たかったのです

現在の自分では目標が明確でなくても、向き合うことから始めることの大切さや、

最終的に目標に到達するのに時間がかかっても、

努力し続けたことが自分の自信になるんだと気づいてほしかったのです。

 

今、我が子たちは学業やクラブ活動・塾に懸命になっていますが、

その中で漫然とした様子が見てとれます。

通って当たり前の学校、参加して当然のクラブ活動かもしれませんが、

何かを目標にすることもなければ、達成感を得た様子も見受けられない。

親が何か目の前に突きつけてこれを目標にしなさいという問題でもないし、

自発的に何かを見つけてくれればとは思っていますが、

ヒントは与えてあげられるんじゃないかと思うんです。

小さな目標の達成の繰り返しが自信につながるんではないでしょうか。

 

子供たちの感想はまだ聞けていませんが、

「見てよかった映画」だと家族全員がいいました。

何か心にひっかかってくれたらいいな。

そして、自身の行く道を漠然とでも考え出してくれたらいいなと思います。

 

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映画を見て、すっかり我が家のテーマソングになりました。

「終わらせんな 可能性!」


サンボマスター「可能性~映画『ビリギャル』バージョン~」MUSIC VIDEO 後編

 

映画「ビリギャル」【TBSオンデマンド】

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ARIGATO☆